火の鳥 ―少女クラブ版―

火の鳥 ―少女クラブ版― (手塚治虫文庫全集 BT 166)

データ

作品名

火の鳥 ―少女クラブ版―

 

著者

手塚 治虫

 

巻数

全1巻

 

出版社

講談社

 

掲載誌

少女クラブ

 

出版年

1957年

 

おすすめ度

★★★☆☆


なるべくネタバレなしの紹介

「火の鳥」といえば、手塚治虫のライフワークと言われた作品です。過去と未来を行き来しながら、共通して出てくる火の鳥とその時代の登場人物たちのドラマを描いた作品です。この少女クラブ版は、その「火の鳥」(ここでは「本編」と呼びます)が本格的に連載される前のプロトタイプともいうべき作品の一つです。

 

子供向けに描かれているので、話の展開がかなりスピーディーです。登場人物たちも、本編ほど深刻に悩んだり苦しんだりはしません。「火の鳥」本編のようなシリアスな作品を期待すると少し期待はずれかもしれませんが、童話を読んでいるような感覚で安心して読める本です。

 

この作品は、全体で3つの時代に分かれています。その中の一つ、ギリシャ編は、ギリシャ神話のトロイの木馬の話を軸に作られています。ギリシャ神話を読まれたことがある方は、登場人物たちに心当たりがあることと思います。

以下ネタバレあり!

 

 

 

 

 

 

 


ネタバレありの感想

小さいころよく読んでいたのですが、大人になってから手塚治虫の「火の鳥」本編を読んでも該当の話がないのでずっと探していました。本編とは別に、少女クラブ版として出版されていたのですね。絵も本編に比べてまるっこい、子供向けの画風です。

 

エジプト編

火の鳥は、天国で鳥かごに飼われ、時間を告げる役割を果たしていました。せまい鳥かごの中の生活に飽き飽きした火の鳥は、あるとき天国で生まれ変わる人間に頼んで逃してもらい、一緒に地上に降りて行きました。これが、すべての始まりです。

 

今から3000年前、古代エジプトの王子と、王家に仕える女奴隷ダイアの二人が主役です。その血を飲んだものに永遠の命を与えるという火の鳥を探しに、王子は遠くエチオピアの国まで遠征することになりました。城には王と王子の他に、王子の継母である王妃がいました。王子の遠征中、王妃はライオンを使って王を暗殺する計画をたてます。それを耳にしてしまったダイアは王妃に命を狙われるようになります。国から逃げ出したダイアは王子の軍に拾われ、その美しい歌声を活かして火の鳥を捉える手助けをすることになりました。

 

王子は火の鳥を矢で射抜くことに成功しますが、火の鳥はぴんぴんしています。矢でいられたくらいでは、死なないのです。王子とダイアは、大雨にふられて避難する最中に、水で流されそうになっていた火の鳥の卵を保護します。火の鳥はそれに恩を感じ、ししに噛まれて重症を負っている王の命を助けると約束してくれました。しかし、エジプトにもどった王子とダイアは、王がすでに死んでしまったことを聞かされます。死んでしまった人間には、火の鳥の血を与えても生きかえらせることはできません。その代わりに、火の鳥は2人に生き血を与えて不死の体にしてくれました。

 

王子は新しく王として即位し、ダイアを妻に迎えることに決めました。王家の財産を狙う王妃は、王子を暗殺することに決めました。即位式の後、王子は王妃の雇った暴漢によって剣で刺され、ナイル川に落ちてしまいます。一方ダイア捉えられ、火の鳥のところへ案内するよう王妃に命じられます。ところがその途中で、王妃は底なしの泥にはまって死んでしまいました。解放されたダイアは火の鳥に会います。ナイル川の下流に住んでいた火の鳥のところには、川に落ちた王子が流れ着いていました。王子は命を落とすほどの大怪我を負っていましたが、火の鳥の血を飲んでいたおかげで死ぬことはありませんでした。その代わり、何百年か眠り続けるのです。それを聞いたダイアは自らを剣で刺し、王子と同じ長い眠りにつきました。一方、火の鳥が温めていた卵は孵り、火の鳥の雛が生まれました。

 

 

ギリシャ編

 やがて時代は経ち、火の鳥は長寿の力を子供に伝えるため、自ら火の中に飛び込んで死んでいきます。残された雛鳥は、昔なじみの動物たちとともに育っていくことになります。これ以後出てくる火の鳥は、この雛の方です。

 

長く眠っていたダイアは、ナイル川に流され海までやってきました。そして、航海中のトロヤの王子ヘクターに拾われます。意識をとりもどしたダイアでしたが、エジプトでの記憶をすっかり失っていました。ダイアはヘクターの船で、スパルタへいくことになります。一方王子は、スパルタの海岸へ流れ着いていました。スパルタの軍に入った王子は、クラブと名乗るようになりました。そしてクラブは、スパルタにやってきたダイアと再会します。記憶を失った2人は、お互いに見覚えがあるとは思いながらも、確信はもてないのでした。惹かれ合い、兄妹のように仲良くなる2人でしたが、トロヤとスパルタは敵対しているため思うように会うことができません。

 

 スパルタの姫ヘレナは、その美しさで有名でした。ヘレナの母親は娘を常に自慢していましたが、敵国トロヤにダイアという美しい娘がいると聞いて、ダイアを誘拐させました。ダイヤがヘレナよりも美しいことを知ったヘレナの母親は、ヘレナの評判を守るため、ヘレナを地下に閉じ込めておくことに決めました。ヘレナは母親と違い、心の優しい娘だったので、なんとかしてダイヤを助けようとします。トロヤの王子ヘクターはダイヤが誘拐されたことに気づき、仕返しにヘレナを誘拐してトロヤに連れ帰ってしまいます。一方、地下牢に閉じ込められたダイアのもとには、クラブが助けに来ます。クラブはダイアをトロヤに連れ帰るため、荒れた海に船出するのでした。

 

舞台はトロヤに移ります。スパルタはヘレナを助けるため軍隊をトロヤに差し向けました。大きな戦争が始まろうとしています。そんなとき、トロヤに火の鳥が現れました。火の鳥は渡り鳥の群れに混じって、旅をしていたのです。ヘクターの弟パリスは、戦争で死ぬことを恐れていました。そこで、火の鳥をとらえてその血を手に入れたいと考えます。なんとかトロヤに流れ着いたクラブとダイアも、スパルタ側として戦争に参加することになりました。混乱の中、ヘクターはスパルタの勇士アキレスによって殺されてしまいます。パリスはなんとかしてアキレスを討ち取り、兄ヘクターの仇をうちたいと考えました。アキレスは不死身の体でしたが、足首だけが弱点でした。パリスはその話を聞き、弓でアキレスの足首を射て倒すことに成功します。一方火の鳥は、パリス達の用意した酒を不用意に呑んでしまい、酔っ払ってとらえられてしまいました。

 

多大な犠牲を出して戦は終わりました。スパルタの兵たちは、トロヤから引き上げていきました。しかし、スパルタによって大きな木馬が残されました。勝利の美酒に酔いしれるトロヤの人々でしたが、実は木馬の中にはスパルタの兵が潜んでいたのです。酔っていたトロヤ群は、あっという間にスパルタにやられていきました。トロヤの王は殺され、スパルタを止めようとしたヘレナも死んでしまいます。死にゆくヘレナの懇願を聞き入れ、スパルタの王は戦争をやめることに決めました。一方、大怪我を負ったダイアは、再び深い眠りにつきます。クラブもダイアとともに眠ることを選び、海に身を投げます。手をつないで眠り続ける2人は、撤退していくスパルタの船に拾われ、手厚く葬られることになります。

 

このギリシャ編は、ギリシャ神話のトロイの木馬の話を下敷きにしています。トロイとギリシャの戦争で、ギリシャ軍が去った後に残されていた木馬の中に兵が潜んでおり、油断したトロイ兵は一網打尽にされてトロイは滅亡してしまったという話です。

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ローマ編

クラブとダイアは、兄妹としてイタリアのローマで暮らしています。実は2人のお父さんは昔ローマ軍の兵士で、ギリシャに遠征にでかけた折に眠り続ける2人を見つけて連れ帰ってきたのでした。その後2人は意識を取り戻し、ローマ人として生きてきたのでした。ダイアはローマ皇帝の王子ネボケタスに見初められ、さらわれそうになります。それを止めようとしたクラブも一緒に、2人は宮殿に連れて行かれて奴隷にされてしまいました。ダイアは牢獄で、謎の老婆から助言をもらいます。コロキウムで猛獣に勝てば一つだけ願いを聞いてもらうことができ、そのときに外出許可をもらって火の鳥の生き血を飲むことができれば2人とも助かるというのです。そこでダイアはコロキウムに出場します。以前命を助けたライオンの協力でダイアは試合に勝つことができました。そして、一週間だけ逃してもらうことを願い出ます。願いは聞き入れられましたが、もし約束の一週間で帰ってこない時は、人質のクラブが死刑になってしまうのです。

 

ダイアは火の鳥を探すため、ライオンと旅に出ました。旅の途中で、ダイアは奴隷小屋で会った老婆と再び出会います。老婆は助言のお礼に、もし火の鳥を捉えることができたらその血を分けて欲しいと言います。ダイアは無事火の鳥に再会することができました。火の鳥はすぐにダイアだとわかりましたが、ダイアの方は記憶を失っていて、火の鳥に会ったことをすっかり忘れています。火の鳥は、一緒に宮殿へ帰ってネボケタスを改心するよう手伝うと言ってくれました。宮殿への帰り道、ダイア達は落とし穴に落ちて閉じ込められてしまいます。それはネボケタスの部下の仕業でした。ダイアが期限の一週間以内に戻らなければ、クラブを死刑にすることができるからです。

 

落とし穴に閉じ込められたダイア達ですが、火の鳥の機転によってなんとか抜け出すことに成功しました。大急ぎでローマの街に戻ろうとする一行ですが、再び老婆が現れ、火の鳥の生き血を要求します。火の鳥は、老婆が自分に近づこうとしないことから、老婆の正体が木の精であると見破ります。火の鳥に触れられた木の精は、燃えて死んでしまいました。

 

今にもクラブの死刑が執行されようとしたちょうどそのとき、ダイヤ達がローマの街に帰ってきました。クラブは助かりますが、ネボケタスは火の鳥の血がほしいと言い出します。どうしてもうんと言わないダイヤに業を煮やしたネボケタスは、頭が赤ん坊になるという恐ろしい薬を火の鳥に飲ませようとします。火の鳥が息を吹きかけると、その薬は赤く変色してしまいました。ネボケタスは火の鳥の生き血だと思い込んでその薬を飲んでしまいました。こうしてクラブとダイヤを狙う者はいなくなり、クラブが次のローマ皇帝になると予感させるところでこの物語は終わります。

 

幼いころは夢中になって読んだのですが、今読んでみるとやはり子供向けの作品だなと思いました。クラブもダイヤも、本編の登場人物にみられるような生々しい悩みがなく、無個性的です。だからこそ昔話のようで、誰にでも感情移入が難しくないのかもしれません。


 少女クラブ版の他にも、火の鳥本編の習作的な作品であるCOM版もあります。少女クラブ版の方は、2013年に全集のうちの一冊として再販されています。


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